ユニポーラストラテジーは成功しない。
それはすでに歴史が証明している。
一つの覇権国家が世界秩序を単独で維持するという構造は、
必ずどこかで歪みを生む。
そして歪みは、やがて暴力的に噴き出す。
フランスの歴史学者
エマニュエル・トッドは、
現代の西洋社会を支配している精神を
シニシズムとニヒリズム
だと分析した。
嘘をついてでも勝てばいい。
正義は、勝者が定義する。
そうした価値観が、社会の深層を覆い始めている。
表向きは民主主義。
しかし実態は、
TOP0.01%のオリガーキーとプルートクラシーが支配する社会
という見方もある。
民主主義は存在する。
だが、その意思決定の多くは、すでに富の構造に組み込まれている。
それはまるで
精巧に作られたハリボテのデモクラシーのようだ。
そんな世界のなかで、日本はどうなのか。
「平和ぼけ」という言葉は、
ずいぶん前から言われてきた。
しかし最近、この言葉に
現実的な重みが帯びてきた気がする。
戦略とは、設計である。
だが、日本企業は
いつから設計をしなくなったのだろうか。
短期のKPI
四半期の数字
説明可能な小さな改善
それらに追われるうちに、
長期の構造設計
という発想そのものが
企業から消えてしまったように見える。
一方で、若者の7割は
終身雇用を望んでいるという。
この事実は、単なる保守志向ではない。
それは
「不安定な世界に対して、
せめて足場を持ちたい」
という本能的な反応でもある。
そんな時代に、
自分の子供に何を伝えればよいのだろう。
いま起きているのは
単なる景気循環ではない。
価値観そのものの地殻変動だ。
文化も
文明も
価値判断も
日本は、西洋とは違う。
ならば、
経済活動そのものも
もっとオリジンであってよいのではないか。
深刻化する中東情勢のニュースを眺めながら、
私は改めて
伊藤貢氏の問いを思い出した。
日本の国体を深く掘り下げながら、
これからの日本の姿を問い直す言葉だ。
私はそれになぞって、
個人としてどう生きるべきかを考えた。
端的に言えば、
これから必要なのは三つだと思う。
① 相手がドキッとする武器を持つこと
それは必ずしも軍事ではない。
技術
知識
思想
文化
いずれにしても、
簡単には代替できないもの
を持つことだ。
その人がそこにいる意味。
それが武器になる。
② 独立すること
ここで言う独立とは、
単なる起業ではない。
精神の独立である。
組織に属していても、
自分の判断軸を持つこと。
そしてもう一つ。
私はここに
ミドルマンという発想を重ねている。
顧客の管理部門と現場のあいだ。
自社の経営と現場のあいだ。
組織の中には常に
断絶した二つの世界がある。
戦略を語る人間と
現場を動かす人間。
意思決定する人間と
実装する人間。
この間には、
しばしば翻訳されない言葉が横たわる。
そこで必要になるのが
思想を持ったミドルマンだ。
単なる調整役ではない。
それぞれの立場の論理を理解し、
そこにストーリーを与える存在。
私はどんな物語で
この二つの世界を繋ぐのか。
ここにこそ
思想と設計
がある。
③ 中立的なスタンスを持つこと
世界が分断されるほど、
極端な立場に引き寄せられる圧力は強くなる。
だからこそ、
自分の思考を
どこにも完全には預けない
という態度が必要になる。
これは無関心ではない。
むしろ
最も主体的な態度だ。
世界はまた
不安定な時代に入った。
だが、
不安定な時代は同時に
設計を取り戻す時代
でもある。
もし子供に何か伝えるとすれば、
きっとこれだ。
武器を持て。
独立せよ。
そして、
世界を繋ぐ人間になれ。