ガチャガチャのカスタマージャーニー

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――なぜ、この体験はここまで完成しているのか

ガチャガチャは、もはや子どもの玩具ではない。
商業施設のテナントの一角、スーパーの休憩スペース、駅ナカの動線上にまで進出し、
大人が真剣な顔で、静かにレバーを回している。

これは一過性のブームではない。
完成度の高い体験設計が、静かに生活空間へ浸透してきた結果だ。

デジタルマーケティングの世界では、
UI/UX整理のために「カスタマージャーニーマップ」を用いて
ユーザー体験を分解・再構築することが多い。

では、もしこの手法を
ガチャガチャという極めてアナログな体験に適用したら、
何が見えてくるのだろうか。


ガチャガチャのカスタマージャーニーを分解する

ガチャガチャの体験は、驚くほど無駄がない。

1. 視界に入る

専門店化・壁一面に並ぶ筐体。
選ぶ前から「楽しさ」が視覚的に約束されている。

2. 選ぶ

ラインナップは小さな世界観だ。
選択権は与えられるが、結果の完全なコントロールは許されない。

3. 回す

あの独特の抵抗感、重さ、音。
UIとしてほぼ完成されたフィードバックがここにある。

4. 待つ(一瞬の間)

カプセルが落ちるまでの、ほんの短い無音。
UXのピークは、この「間」にある。

5. 開封する

嬉しい。
あるいは、少し残念。
だが重要なのは、どちらも体験として成立している点だ。

6. 余韻

並べる、飾る、誰かに見せる。
次に回す理由が、自然と残されている。

当たりとハズレが存在するにもかかわらず、
UXが破綻しない設計は、実はかなり珍しい。


なぜ中毒性が生まれるのか

ガチャガチャの本質は、射幸性ではない。

期待する。
回す。
感情が回収される。

この一連の流れが、極端に短い距離で完結している
感情の回転率が、異常に高い。

マーケティングの言葉で言えば、
これはCVRの高い装置ではなく、
「感情CV」が極めて高い装置なのだ。


なぜ日本では、ここまでハマるのか

もう一段、視点を上げる。

ガチャガチャには、日本的な美意識が深く染み込んでいるように思える。

  • 丁寧な造形物への愛着
    小さくても手を抜かない。
    細部に価値が宿るという感覚。
  • 箱庭の世界を愛でる感性
    世界を縮め、所有し、眺める。

これは、決して新しい感覚ではない。

携帯できる美としての印籠。
時間を圧縮した自然としての盆栽。
最小構成で宇宙を表現する枯山水。

ガチャガチャは、
それらの日本的価値観を、現代的に再パッケージした装置
なのではないだろうか。


UXとして見ると、ガチャは異常に完成している

説明はない。
チュートリアルもない。
だが誰も迷わない。

多くのデジタルUIが、
説明過多・操作過多・感情希薄に陥る中で、
ガチャガチャは真逆を行く。

正直に言えば、
多くのアプリUIより、ガチャガチャの方が優れている


終わりに

分析を尽くしても、
最後に残るのは、あの音と、あの間だ。

ふるいけや
かわずもいるかな
ガチャの音

ガチャガチャは、
日本的な体験設計が、今もなお生きていることを
静かに教えてくれている。

コメント

“ガチャガチャのカスタマージャーニー” への1件のフィードバック

  1. […] この「機能価値では説明できない消費」は、以前整理したガチャガチャのUX(体験設計)と重なる部分が多い。 […]