デビルマンに見る「一見すると、実は…」の洞察力── 無常観から学ぶ、ビジネスコミュニケーションの勘所

デビルマンという名前を聞くと、
多くの人は「デビル=悪魔」という言葉から、
西洋的な宗教観や善悪二元論の物語を思い浮かべるのではないでしょうか。

しかし、作品をあらためて眺め直すと、
そのテーマや描かれている世界観は、
むしろ日本的な無常観に満ちた物語であることが見えてきます。

正しいことを選んでも、世界は救われない。
善意が必ずしも報われるわけではない。
そんな前提のもとで、物語は淡々と進んでいきます。

この構造が自分の中で一気にクリアになったきっかけは、
実にどうでもいい瞬間でした。


デビルイヤー=「地獄耳」という違和感

デビルマンの能力には、
デビルアロー、デビルウィング、デビルキックなど、
いかにもヒーローらしい技が並びます。

その中でひとつだけ、
ずっと引っかかっていたものがありました。

デビルイヤーです。

攻撃でも、防御でも、移動でもない。
ただ「聞こえてしまう」能力。

これを「地獄耳」と言い換えた瞬間、
作品全体のトーンが一気につながりました。

地獄耳とは、
聞きたくない声まで聞こえてしまうこと。
表に出てこない怨嗟や恐怖、怒りや不安を、
心の耳で拾ってしまう状態です。

デビルマンは、
死んでも死にきれない阿鼻叫喚の声を、
物理的ではなく、精神的に聞いてしまう存在だったのだと。

これは、
強さの象徴ではなく、
むしろ苦しさを引き受ける能力です。

ここに、
「正しさが世界を救わない」
という、日本的無常観がはっきりと表れています。


「一見すると◯◯、実は△△」という洞察

この構造は、
ポップカルチャーに限らず、
ビジネスコミュニケーションでも非常に重要です。

私たちは日常的に、
肩書き、言葉遣い、会議での発言、資料のトーンなど、
表面的な情報をもとに相手を理解したつもりになります。

しかし実際には、

  • 表向きは穏やかでも、実は強い上下関係意識を持っている
  • 論理的な発言の裏に、経験則や精神論が重く横たわっている
  • DXや変革を掲げつつ、価値判断の基準は従来型のまま

といったズレが、往々にして存在します。

ここを見誤ると、
「正しい提案なのに進まない」
「理屈は合っているのに反発される」
という状態に陥ります。


デビルイヤー的コミュニケーションとは何か

ビジネスにおける「デビルイヤー」とは、
相手の言葉そのものではなく、

  • 言葉の裏にある前提
  • 発言されなかった懸念
  • 組織や個人が大切にしている暗黙の価値観

に耳を澄ますことです。

これは、
相手を論破するための能力ではありません。

むしろ、

  • どこで摩擦が起きそうか
  • どこに踏み込むと拒否反応が出るか
  • 何を丁寧に扱うべきか

事前に察知するための力です。

知ってしまうがゆえに、
説明を省けなくなり、
遠回りを選ばざるを得ないこともあります。

それでも、この一手間があるかどうかで、
プロジェクトの進み方は大きく変わります。

ハレの会議の前に、ケの対話を持つ

この視点を実践に落とす方法は、
決して特別なものではありません。

  • 本番の会議前の、短い事前レビュー
  • 意見が固まる前の、非公式なすり合わせ
  • 雑談に見えるが、実は重要な前提確認

いわば、
ハレ(公式)の会議の前に、ケ(日常)の対話を持つことです。

ここで拾える小さな違和感や温度差が、
後々の大きな衝突を防ぎます。


正しさよりも、届き方を考える

デビルマンは、
正しさを選び続けたヒーローでした。
しかし、世界は救われませんでした。

この物語が示しているのは、
正しさそのものよりも、
正しさがどのように届くかの重要性です。

ビジネスコミュニケーションにおいても同じです。

正しい提案をすることと、
相手に届く提案をすることは、
必ずしも一致しません。

だからこそ、
一見すると◯◯、実は△△
という構造を疑い、
表に出ない声に耳を澄ます。

それはヒーロー的な強さではなく、
地味で、面倒で、
それでも確実に効いてくる力です。


まとめ

デビルマンは、
西洋的な名前をまといながら、
日本的無常観を生きた存在でした。

その象徴が、
デビルイヤー=地獄耳です。

ビジネスにおいても、
この「聞こえてしまう力」をどう扱うかが、
プロジェクトの行方を静かに左右します。

正しさが救いにならない世界で、
それでも前に進むために。
今日も、少しだけ耳を澄ませてみようと思います。