日本は、鉄道を「クモの巣」のように張り巡らせた

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──そして、その構造がテッチャン文化を生んだ

日本の鉄道を見たとき、多くの海外の人はこう言う。
「なぜ、こんなに複雑なのか」と。

放射状に伸び、交差し、重なり、直通し、
一見すると無秩序にすら見えるその路線図は、
しかし日本では、長いあいだ「当たり前の風景」として受け入れられてきた。

私はこの構造を、クモの巣のようだと感じている。
そして、そのクモの巣こそが、
日本独自の鉄道文化──いわゆる「テッチャン」たちを育てた土壌なのだと思っている。


鉄道は、クモの巣として張られた

日本の鉄道網は、一本の幹線で都市を結ぶ思想ではない。
無数の生活圏を結び、重ね、つなぎ、逃がさないために、
密に、細かく、網目状に張られた構造をしている。

この形は偶然ではない。

山が多く、可住地が限られた国土。
人口が平野部に極端に集中する地理条件。
戦後復興と高度経済成長のなかで、
都市が「一極集中」ではなく「同時多発的」に肥大していった歴史。

一本の線路では足りなかった。
だから、日本は鉄道をクモの巣のように張り巡らせた。


農家だった人々が、都市に集まった

戦後、日本では多くの人が農村を離れ、都市へ向かった。
かつて農家だった人々が、工場労働者や会社員になり、
都市の周縁部に、新しい生活を築いていった。

そこで生まれたのが、団地という生活様式だ。

狭い。
だが、水道があり、電気があり、ガスがあり、
風呂があり、テレビがあり、冷蔵庫がある。

それは当時の人々にとって、
モダンで、進歩的で、憧れの生活だった。

そして、この団地生活を成立させていたのが、鉄道だった。


鉄道は、生活を運ぶ装置だった

団地から都市へ。
都市から職場へ。
職場から、また団地へ。

日本の鉄道は、
単に人を運ぶインフラではなく、
生活そのものを循環させる装置だった。

だから鉄道は、
「遠くへ行くためのもの」ではなく、
「毎日使うもの」になった。

この日常性こそが、
後に文化を育てる肥やしになる。


鉄道は、こうして「されている」

日本の鉄道文化は、
語られる前に、無数の行為として行われている

テッチャンとは、
鉄道が好きな人ではない。
鉄道という巨大な構造に、どう関与するかを選んだ人たちだ。

たとえば──

  • 乗り続ける鉄
  • 撮り続ける鉄
  • 形式を見分ける鉄
  • ダイヤを読み解く鉄
  • 縮尺で再構築する鉄
  • 記憶を集める鉄
  • 呑みながら流される鉄

これは分類ではない。
関わり方の選択肢である。


乗り続ける鉄

始発から終点まで、ただ乗る。
車窓の変化、停車時間、空気の入れ替わり。
鉄道網を、身体でなぞる。

撮り続ける鉄

同じ場所に立ち、ただ待つ。
一瞬の光、一編成のために、すべてを捧げる。

形式を見分ける鉄

同じ路線でも、車両は別物。
製造年、改造履歴、台車、更新工事。
鉄道を工業史として読む。

ダイヤを読み解く鉄

なぜここに余裕時分があるのか。
なぜこの接続は成立しているのか。
鉄道を設計思想として解く。

縮尺で再構築する鉄

線路を敷き、街を置き、走らせる。
鉄道を、自分の宇宙にする。

記憶を集める鉄

切符、駅スタンプ、標識、方向幕。
鉄道の時間を、物質として保存する。

呑みながら流される鉄

目的地より、揺れを味わう。
鉄道を、余白として使う。


なぜ、ここまで多様なのか

それは、日本の鉄道が
あまりにも構造的に複雑だったからだ。

一本道の鉄道文化では、
この分岐は生まれない。

日本では、
全体を把握することが不可能なほど、
路線が重なり、結節し、連動している。

だから人は、
「好きになる」のではなく、
「どこを見るか」を選ばざるを得なかった。

視点そのものが、文化になった。


ハードに柔軟に従う、というメンタリティ

ここには、日本的なメンタリティもある。

決められたダイヤに従う。
決められた路線図を受け入れる。
過密であっても、秩序の中で動く。

日本人は、
巨大なハードに抵抗するよりも、
その中で最適な居場所を見つけることに長けている。

そして、その従順さは、
決して受動的ではない。

従いながら、遊ぶ。
従いながら、読み替える。
従いながら、文化をつくる。


ポップカルチャーが火を灯し、鉄道が燃料になった

アニメ、文学、映画、音楽。
日本のポップカルチャーは、
しばしば鉄道を舞台に選んできた。

だが重要なのは、
鉄道が先にあったということだ。

クモの巣のように張り巡らされた鉄道網。
それに日常的に身を委ねてきた人々。
そこに、物語が重なった。

ポップカルチャーは火を灯した。
しかし、燃え続けさせたのは、
この鉄道というハードと、
それに柔軟に従う生活者たちだった。


結びにかえて

日本は、
鉄道を「効率のため」にだけ張り巡らせたのではない。

結果として、
鉄道は生活を運び、
都市を育て、
文化を分岐させ、
人々に無数の関わり方を許した。

クモの巣のような鉄道網。
そこに絡め取られたのではない。
そこに自ら入り込み、遊び、読み解いた人々がいた。

テッチャンとは、
鉄道を消費する人ではない。
構造を読む人たちなのだ。