人生ゲームは、とても不思議なゲームです。
見た目は、50年以上ほとんど変わっていません。
紙のボードがあって、ルーレットがあって、車のコマに人を乗せて進んでいく。
スマホも電源もいりません。
でも、その中身は、じつは何度も書き換えられてきました。
昔の人生ゲームでは、
「いい大学を出て、いい会社に入り、出世する」
そんな人生が、ほぼ“正解”として描かれていました。
ところが今の人生ゲームでは、
動画を配信する人、個人の影響力で生きる人、何度も転職する人、
結婚しない人生さえ、ちゃんと選択肢として用意されています。
つまり人生ゲームは、
外側はほとんど変わらないのに、中の価値観だけが時代と一緒に動いてきた
とてもめずらしい遊びなのです。
変わらないものがあるから、変わることが見える
ルーレットを回すとき、
みんなが同じ方向を見て、
「どこで止まる?」と息をのむ。
コマが進むと、
「え、それ最悪じゃん!」
「でもそれ、あとで笑い話になるやつだよね」
そんな声が自然に出ます。
この感じは、オンラインゲームではなかなか生まれません。
同じ机、同じボード、同じ空気。
膝を突き合わせて、同時に笑う。
人生ゲームの“古さ”は、
ただのレトロではなく、
人が集まるための装置として、今の時代だからこそ強くなっています。
画面の中ではなく、
現実のテーブルの上で起こるから、
失敗も、不運も、ちょっとした自慢も、
全部が「その場の思い出」になります。
人生の正解がひとつじゃなくなった時代のゲーム
今の社会では、
「この道を選べば安心」という答えは、ほとんどありません。
勉強も、仕事も、将来も、
やってみないとわからないことだらけです。
人生ゲームも、それを知っています。
だから今の人生ゲームでは、
うまくいかないことが、すぐに終わりにはなりません。
借金しても、転職しても、
「人生の経験値がたまった」という扱いになります。
これはとても大事な変化です。
失敗=ダメな人生
ではなく、
失敗=途中の一コマ
として描かれているからです。
生成AIの時代に、なぜアナログが残るのか
これからの社会では、
仕事の多くがデジタルやAIと一緒に進むようになります。
プログラミングするAI、プレゼン資料をつくるAI、考えながら調査するAI。
ホワイトカラーの仕事も、どんどん変わっていくでしょう。
でも、全部がデジタルになるわけではありません。
人生ゲームがそうであるように、
考えること、迷うこと、笑うことは、
人と人が同じ場にいるときに、いちばん濃くなります。
効率だけでは測れない時間。
遠回りだけど、あとから思い出になる時間。
未来の仕事も、
デジタルで速く進む部分と、
アナログでゆっくり確かめる部分、
その両方を行き来しながら続いていくはずです。
それでも、銀行員は今日もお札を配っている
人生ゲームには、
昔から変わらない役割があります。
お札を配る、銀行員です。
キャッシュレスの時代になっても、
ゲームの中では、今日も彼(あるいは彼女)は、
黙々とお金を配り続けています。
なぜなら人生ゲームは、
「正しい人生」を教えるためのものではなく、
誰かと一緒に人生を回すための道具だからです。
ルーレットは止まり、
コマは進み、
お札は配られ、
そしてまた次の人の番が来る。
人生ゲームは、
未来がどれだけ変わっても、
私たちのそばで、
変わらない手触りのまま回り続けます。
それはきっと、
人生そのものが、
誰かと一緒に回すものだからです。

コメント
“人生ゲームは、なぜ今も机の上で回り続けているのか” への1件のフィードバック
[…] 前回では、人生ゲームについての記事を書いた。 […]