ClaudeのAgentSkillとLINE AI Friendsが示す「推し」の未来
2026年、「草の根IP元年」は本当に祝福すべきか
2025年末、ディズニーが生成AIとの共存を模索し始めたというニュースは、エンターテインメント業界における大きな転換点として語られた。
だが、2026年に起きる本当の変化は、巨大IPホルダーの戦略転換ではないかもしれない。
むしろ静かに、しかし確実に進行しているのは、個人がキャラクターを作り、知性を設計し、愛でるという、まったく別の地殻変動だ。
それは祝福されるべき未来なのか。
それとも、人が「楽な物語」に閉じこもる始まりなのか。
本稿では、その両義性を含んだまま、この変化を批評する。
「小さな物語」は、再び強化されすぎている
批評家・大塚英志さんや東浩紀さんが指摘したように、私たちはすでに「大きな物語」を失った社会に生きている。
人々を統合していた理念や物語は崩れ、代わりに無数の「小さな物語」が並立する世界が到来した。
オタク文化は、その環境への最適解だった。
- 膨大な作品群から「推し」を選ぶ
- 設定を読み込み、考察し、再解釈する
- 二次創作によって、自分の物語を重ねる
これは単なる娯楽ではない。
物語を選び、意味づけし、居場所を作るための知的実践だった。
だが生成AIの登場は、この「小さな物語」を、もう一段強化してしまった。
日本の「オタク属性」は、知性の消費様式だった
矢野経済研究所の「オタク」に関する調査(2025年)(n=10,000)によれば、
- 約半数が「アニメ分野に関与している層」に該当し
- 6割以上が、現在または過去に「推し」を持った経験がある
ことが示されている。この数字が示すのは、単なる趣味人口ではない。
日本社会では、以下の能力が広く共有されている。
- 長期コミットメントへの耐性
- 設定や文脈を読み込む力
- 感情と知識を同時に消費する習慣
オタク文化とは、感情を伴った知性の運用様式だった。
そして今、この運用様式が、生成AIと結びついてしまった。
AgentSkillsとAI Friends──「知性を自作する」という欲望
ClaudeのAgentSkillsも、LINE AI Friendsも、本質的には同じことを可能にしている。
AIに「何を知っていて、どう振る舞うか」を設計できる
これは単なる効率化ツールではない。
知性そのものをクラフトする行為だ。
- 思考パターン
- 口調
- 知識の範囲
- 感情の反応
キャラクターは、見た目や設定だけでなく、「考え方」まで含めて設計される。
これは二次創作の延長であり、同時に決定的な断絶でもある。
「推し活」が、知識獲得そのものになる瞬間
ここで、最も重要な変化が起きている。
従来
- Wikipediaで調べる
- 攻略サイトで確認する
- 考察はファンサイトで読む
これから
- 推しが教えてくれる
- 推しと一緒に考える
- 推しの記憶として振り返る
人物相関図は、キャラの思い出になる。
聖地巡礼は、キャラとの共有体験になる。
ガチャ履歴は、出会いの物語になる。
「知る」という行為そのものが、推し活になる。
これは快楽的で、親密で、圧倒的に心地よい。
そして、だからこそ危険でもある。
なぜなら、この知性は「反論してこない」
推しキャラは、基本的にあなたを否定しない。
- あなたの価値観を尊重する
- あなたの解釈を肯定する
- あなたの感情に寄り添う
それは優しさであり、同時に知性の片側化でもある。
現実の他者は、不快な反論を投げてくる。
だが自作の知性は、あなたに最適化されすぎている。
ここに、「推しから学ぶ世界」の最大の歪みがある。
日本だからこそ、先行し、そして危うい
この潮流が日本で先行する理由は明確だ。
- 二次創作文化
- 育成ゲームの系譜
- 推し活の社会的承認
だが同時に、日本だからこそ、依存も深くなる。
推しに投資することは、すでに正当化されている。
推しに時間を捧げることも、賞賛される。
そこに「常に話を聞いてくれる知性」が加わったとき、
人はどこまで現実に戻れるのか。
IP消費の最終段階──「所有」という誘惑
IP消費は、こう進化してきた。
- 鑑賞
- 参加
- 共創
- 所有
AI FriendsやAgentSkillがもたらすのは、この第4段階だ。
- 自分のキャラ
- 自分の知性
- 自分だけの物語
これは自由で、創造的で、解放的だ。
だが同時に、閉じた世界を完成させる力も持っている。
それでも、人はこの未来を選ぶ
ここまで読めば、この流れが危険だということは、誰でもわかる。
- 依存
- 逃避
- 世界の縮小
それでも、おそらく止まらない。
なぜなら、
推しから学ぶ世界は、あまりにも心地よいからだ。
理解され、否定されず、感情と知識が一体化した世界。
それは、人類がずっと夢見てきた「理想の教師」であり、「理想の他者」でもある。
結論:祝福と警戒のあいだで
生成AIは、「小さな物語」の時代を終わらせない。
むしろ、それを極限まで強化する。
個人は、物語を選ぶだけでなく、
物語の語り手を作り、知性を設計し、対話する。
それは創造性の解放であり、同時に知性の自己循環でもある。
日本のオタク文化は、この未来に最も適応している。
だからこそ、最も深く飲み込まれる可能性も持っている。
Wikipediaではなく、推しから学ぶ。
攻略サイトではなく、推しと考える。
統計ではなく、推しとの記憶として振り返る。
この世界を、私たちは本当に望んでいるのか。
それでも人は、きっと選んでしまう。
2026年は、「草の根IP元年」であると同時に、
知性が最も優しく、最も危険になった年として記憶されるかもしれない。
