スロービジネスという思想

酒蔵の杜氏に学ぶ、プロジェクトマネジメントの仕事論

ビジネスの世界では、
「ストックか、フローか」という二項対立が語られることが多い。

積み上げるか、回すか。
保有するか、流通させるか。

だが最近、そのどちらでも説明しきれない仕事のあり方が、
自分の中で少しずつ輪郭を持ちはじめている。

それを、ここではスロービジネスと呼びたい。


スロービジネスとは何か

スロービジネスとは、

  • 単なる win / win の取引ではなく
  • じっくりと価値を育て
  • 時間をかけて関係性を築く

そうした視点を中核に据えた、仕事の思想だ。

短期的な効率や即効性よりも、
「続いていくこと」「味が深まっていくこと」を大切にする。

ヨーロッパで生まれたスローフード運動にも通じるが、
それは理念というより、態度に近い。


プロジェクトマネジメントという仕事の再定義

このスロービジネスの文脈で
プロジェクトマネジメント(PM)を捉え直すと、
従来のイメージとは少し違う姿が見えてくる。

  • 進捗を管理する人
  • タスクを割り振る人
  • 納期と品質を守る人

もちろん、それらは間違っていない。

だが、それだけでは語りきれない“何か”が、
実際の現場には確かに存在する。


酒蔵の杜氏というメタファー

そこで思い浮かぶのが、酒蔵の杜氏という存在だ。

杜氏は、

  • 原料を深く理解し
  • 環境(温度・湿度・季節)を整え
  • 蔵人たちを束ね
  • 途中で手を入れすぎず
  • 異変の兆しを早く察知し
  • そして、完成を急がない

すべてを支配するわけではない。
だが、すべてに責任を持つ。

これは、そのまま
成熟したプロジェクトマネージャーの姿でもある。


「やる/やってもらう」だけでは、酒はできない

酒造りは、杜氏ひとりでは成立しない。

蔵人一人ひとりが、

  • どんな酒を目指しているのか
  • いま、何を大切にすべきか
  • どこで無理をしてはいけないか

それを感覚として共有していなければ、
仕込みは静かに破綻していく。

プロジェクトも同じだ。

「やってもらう」「やる」という関係性だけでは足りない。
共感してもらうことが、不可欠になる。


「高いけど、美味しいから買うよ」という関係

日本酒の世界では、
こんな言葉が自然に成立する。

「高いけど、美味しいから買うよ」

価格の説明を尽くさなくても、
過去の積み重ねと味の記憶が、判断を支えている。

これは、スロービジネスにおける理想的な関係性だ。

  • 安いから頼む
  • 早いから選ぶ

ではなく、

  • この人に任せたい
  • このプロセスが信頼できる

そう思ってもらえる状態。

プロジェクトマネジメントの価値も、
本来はそこにある。


プロセスそのものを「味わってもらう」

スロービジネスにおいて重要なのは、
成果物だけではない。

  • どんな議論を経たのか
  • どんな迷いがあり
  • どんな判断をしたのか

そのプロセスの一瞬一瞬を、
クライアントとともに味わうこと。

酒が、完成前から香りを放つように、
プロジェクトも途中段階から、価値を持ち始める。


遊び心と潤いという、見落とされがちな要素

もう一つ、大切だと思っていることがある。

それは、
すべての計画に、遊び心と潤いを残すことだ。

効率だけを追い詰めると、
酒は痩せ、プロジェクトは乾く。

少しの余白、少しの雑談、少しの遠回り。
それが結果的に、味を深くする。


PMは、熟成を見守る仕事である

プロジェクトマネジメントとは、
何かを「早く終わらせる」仕事ではない。

それは、

  • 熟成を信じ
  • 環境を整え
  • 人をつなぎ
  • タイミングを見極め
  • 価値が立ち上がる瞬間を待つ

酒蔵の杜氏のような仕事なのだと思う。

スロービジネスとは、
そんなPMのあり方を、正面から肯定する思想だ。

速さより、深さを。
量より、味わいを。

そんな仕事が、
これからもっと評価されてもいい。